須賀敦子

いくつかのフランスのレジスタンス文学に比べ、シローネの小説は、政治と人間という、この類の終戦後の小説の在来の方程式に、風土と宗教の問題を織り入れることによって、それまでになかった重厚さと現実性を与え、全体的な人間ということについて深く考えさせてくれた。 この「全体的な人間」のイメージに魅せられて私はイタリア語と取り組んだ。 イタリアを日本人たちに説明する仕事に、私は、いつか没頭することになるだろうか。シローネから出発した、「全人間」を求めての、イタリアの、そして私の半生の旅を、日本の人たちにどうしてもわかってもらいたいと思う日が、いつかやってくるだろうか。